東京地方裁判所 昭和39年(ワ)3936号 判決 1966年3月30日
原告(反訴被告) 塩野巌
右訴訟代理人弁護士 下山四郎
同 牧瀬義博
被告(反訴原告) 横前智
右訴訟代理人弁護士 美村貞夫
同 八巻忠蔵
同 山下義則
主文
原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。
原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、別紙目録(一)記載の建物につき、昭和三一年八月二八日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
訴訟費用は、本訴反訴を通じ、原告(反訴被告)の負担とする。
事実
第一当事者双方の申立て。
原告
(主位的申立て)
1 被告(反訴原告、以下単に「被告」という。)は、原告(反訴被告、以下単に「原告」という。)に対し、
(一) 別紙目録(一)記載の建物を明け渡し、かつ、昭和三九年三月一三日から右明渡しずみに至るまで一ヶ月金二万円の割合による金員を支払え。
(二) 東京法務局杉並出張所昭和三一年一〇月一八日受付第二三三四一号をもってした同日売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続をせよ。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 第一項(一)および第二項につき仮執行の宣言
(予備的申立て)
被告は、原告に対し、別紙目録(一)記載の建物を収去して、別紙目録(二)記載の土地を明渡し、かつ、昭和三九年一一月二八日以降明渡しずみに至るまで一ヶ月金二万円の割合による金員を支払え。
(反訴について)
1 反訴請求を棄却する。
2 反訴費用は、被告の負担とする。
被告
主文同旨
第二原告の主張
(主位的請求原因)
一、原告は、農林大臣が農地法七八条の規定により管理を委託している東京都知事から、国有農地である別紙目記(二)載の土地(以下「本件土地」という。)の一時的貸付を受け、その上に別紙目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築し、所有していたが、昭和三一年八月二八日、被告との間に、右貸付を受ける権利を同年一〇月一五日までに引継ぐ手続をすることを条件として、本件建物を右貸付を受ける権利ともに(不可分一体として)被告に代金一一八万円で売渡す旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。
二、そして、同年一〇月一八日、被告の求めにより、本件建物につき請求の趣旨記載の仮登記がなされた。
三、しかし、本件売買契約は、つぎの事由によって無効である。
(一) 本件土地は農地であり、その貸付は、国有農地の管理という行政目的に従って耕作、養畜以外の事業に一時的に供するものであるから、右一時貸付を受ける権利は、公法上の権利であって、民法上の賃借権のごとく貸主の承諾を得てこれを他に譲渡しうるものではなく、貸付の相手方を変更する場合には、従前の貸付を取消し、新たに相手方に対して貸付けるという手続によるを要し、右貸付を受ける権利を譲渡することは許されない。したがって本件売買契約は無効である。
(二) 仮りに右貸付を受ける権利が公法上の権利ではなく私法上の権利であるとしても、農地に関する私法上の権利の移転は農地法三条により知事の許可を必要とし、かかる許可がない以上、右貸付を受ける権利の譲渡は効力を生じない。したがって本件売買契約は無効である。
(三) 仮りに右貸付を受ける権利が民法上の賃借権と同じであるとしても、本件売買契約は右権利の譲渡につき東京都知事の許可又は承認を停止条件とするものであるところ、原告は、昭和三八年一一月農林省当局から最終的に右貸付を受ける権利の譲渡を許可することはできない、譲渡するならば貸付解除の危険を自己の負担においてすべきである旨の警告を受けた。したがって右貸付を受ける権利を被告に譲渡の許可又は承認の手続をすることを条件とする本件売買契約は、右許可又は承認が得られないことに確定し条件不成立により無効に帰した。
(四) 仮りに右賃貸を受ける権利の譲渡が農林大臣の承認を要するにとどまるとしても、原告は、本件建物を被告に売買するに当って、その敷地である本件土地の貸付を受ける権利についも普通の借地権と同様に容易にその譲渡の承認が得られるものと誤信して、本件売買契約を締結した。したがって、本件売買契約には要素の錯誤があり無効である。
四、しかるに、被告は、遅くとも昭和三九年三月一三日以降本件建物に居住し、これを占有している。
五、よって、原告は、所有権に基づき被告に対し本件建物の明渡しならびに昭和三九年三月一三日以降明渡しずみに至るまで賃料相当一ヶ月金二万円の割合による損害金の支払いおよび前記申立て記載の仮登記の抹消登記手続を求める。
(予備的請求原因)
仮りに本件売買契約が可分であり、本件建物の売買のみが有効であるとしても、
一、原告は、昭和二九年一〇月九日、農林大臣が管理を委託している東京都知事から本件土地を建物所有の目的で貸付期間一ヶ年、ただし、一年毎に更新、使用料年額金二、二四五円、転貸譲渡、又は権利を設定したときは解除される旨の約定で貸付を受け、その後貸付期間は一年毎に更新され、現に一時貸付を受ける権利者である。
二、しかるに、被告は、本件土地の上に本件建物を所有してこれを占有し、遅くとも昭和三九年一一月二八日以降原告の右貸付を受ける権利の行使を妨害している。
三、よって、原告は、被告に対し、本件土地の所有者である国に代位して、その所有権に基づき本件建物を収去して本件土地の明渡しおよび昭和三九年一一月二八日から明渡しずみに至るまで賃料相当一ヵ月金二万円の割合による損害金の支払いを求める。
(反訴請求原因に対する答弁)
反訴請求原因事実を認める。抗弁は主位的請求原因第三項のとおりである。
第三被告の主張
(主位的請求原因に対する答弁)
主位的請求原因第一項の事実のうち本件売買契約が本件土地の貸付を受ける権利を昭和三一年一〇月一五日までに被告に引継ぐ手続をすることを停止条件としたものであるとの点は否認し、その余の事実は認める。同第二、第四項の事実は認める。同第三項の事実はすべて否認する。すなわち、
原告は、本件売買契約に基づき、被告が本件土地を本件建物の敷地として使用できるよう本件土地の貸付を受ける権利を被告に引継ぐ手続をなすべき義務がある。もっとも右貸付を受ける権利の譲渡承認は、実務上の取扱いでは、従前の借受人から貸付を受けないことにする旨の書面を提出し、同時に地上建物の所有権を譲受けた者から新たに貸付を受けたい旨の借受申入書を提出して貸付を受けるという手続によることになっているが、原告において右義務を誠実に履行する意思さえあるならば、右の方法により本件土地の一時貸付を受ける権利を被告に取得させることは可能である。しかるに、原告はかかる手続をとらず、貸付を受ける権利の譲渡の無効を主張して本訴請求におよんだが、これは地価が値上りしたためであって、約束を無視した信義に反する行為である。
(予備的請求原因に対する答弁)
予備的請求原因第一項のうち、原告が本件土地を借受けたことは認めるが、その余の事実は知らない。同第二項のうち、被告が本件建物を所有してその敷地である本件土地を占有していることは認め、その余の事実は知らない。
二抗弁は、反訴請求原因第一項のとおりである。
(反訴請求原因)
一、被告は、昭和三一年八月二八日、原告から、本件建物をその敷地である本件土地の貸付を受ける権利とともに代金一一八万円で買受け、その所有権を取得した。
二、そして、被告は、右売買代金一一八万円を原告に支払った。すなわち内金二〇万円を昭和三一年八月三〇日に、内金七八万円を昭和三一年一〇月一八日に、残金二〇万円を昭和三九年四月一〇日弁済のため供託した。
三、しかるに、原告は、現在なお本件建物につき登記簿上の所有名義人である。
四、よって、被告は、原告に対し、本件建物につき、昭和三一年八月二八日売買を原因とする所有権移転登記手続を求める。
第四、証拠関係≪省略≫
理由
第一本訴についての判断
(主位的請求原因について)
一、主位的請求原因第一、二項の事実(ただし、本件売買契約が本件土地の貸付を受ける権利を昭和三一年一〇月一五日までに被告に引継ぐ手続をすることを停止条件としたものであるとの点を除く。)は、当事者間に争いがない。
二、よって、請求原因第三項について判断する。
1 まず、原告は、本件土地は国有農地の管理という行政目的に従って耕作養畜以外の事業に一時的に供されたものであり、その貸付を受ける権利は公法上の権利であって譲渡性がないから無効であると主張する。
しかしながら、農林大臣は、自作農創設のため買収した土地であっても、その目的に供しないことを相当と認めるときは、政令で定める場合(農地法施行令一八条)を除き、その土地を買収前の所有者又はその相続人に売り払わなければならないが(農地法八〇条)、しかし、かかる行政目的を妨げない限度においてこれを使用又は収益させることができることはいうまでもなく(国有財産法一八条)、そしてこの場合における使用収益権が公法上のものであるか否かは実定法の解釈によると解すべきところ、≪証拠省略≫によれば、本件土地は自作農創設特別措置法第三条により買収された国有農地であって農林大臣がその管理権に基づき(農地法七八条)同法施行規則四五条により、昭和二九年一〇月九日、本件土地を個人住宅の敷地として使用する目的で使用期間一年、使用料年額二、二四五円を農地事務局の発行する納入告知書の記載により支払う、賃借物を転貸し、あるいは賃借権を譲渡し、または権利を設定したときは、解除告知書により解除する旨の約定で原告に転用貸付けをしたことが認められ、他にこれに反する証拠はないから、この事実に照し、本件土地の貸付を受ける権利は、公法上の権利ではなく、私法上の賃借権と解するのが相当である。
2 つぎに、原告は、右一時貸付を受ける権利が私法上の権利であるとしても、その譲渡については農地法三条が適用され、知事の許可がない以上その効力を生じないから、本件売買契約は無効であると主張する。
しかしながら右法条にいう「農地」とは現に耕作の用に供せられている土地をいい、管理台帳の記載にかかわりがないと解すべきところ、上記認定の事実および≪証拠省略≫によれば、本件土地は、管理台帳に記載されている国有財産であるが、前示のとおり同法七八条により宅地として利用させるため、原告に賃貸され、すでに原告において本件土地上に本件建物を建築し、宅地として使用するにいたったものであることが認められ、他にこれを覆すに足る証拠はないから、本件土地の貸付を受ける権利の譲渡については同法三条の適用がないというべきである。
3 さらに、原告は、本件売買契約は「本件土地の貸付を受ける権利を被告に引継ぐ手続をする」ことを停止条件とし、右停止条件は不成就に確定したから、無効に帰したと主張する。
しかしながら、≪証拠省略≫によれば、原告は、昭和三一年八月二八日、被告に対し、「本件建物およびその敷地である本件土地の貸付を受ける権利を金一一八万円で売り渡す、原告は昭和三一年一〇月一五日までに借地権(本件土地の貸付を受ける権利)を被告に引継ぐ手続をし、かつ、本件建物の引渡しを完了して完全なる所有権の移転登記申請手続をする、原告被告いずれかが契約に違背したときはその違約した相手方に対し、なんらの催告を要せず契約を解除することができる」旨を約定したことが認められ、右認定事実に照し、本件売買契約はむしろ原告が本件土地の貸付を受ける権利を約定の期日までに被告に引継ぐ手続をしないときは被告において契約を解除することができることを趣旨とするものであって、原告が主張するごとく本件土地の貸付を受ける権利を被告に引継ぐ手続をすることを停止条件とするものではないことが明らかであり、他にこれを覆して原告主張の事実を認むべき証拠はない。
4 さらにまた、原告は本件土地の貸付を受ける権利の譲渡の承認が普通の借地の場合におけるそれと同様、容易に得られるものと誤信した要素の錯誤があるから、本件売買契約は無効であると主張する。
しかしながら、≪証拠省略≫によれば、農地法七八条により管理を委託された東京都知事において昭和三二年一〇月一五日付同知事32経農地発第一、一三一号「国有農地等貸付書及び転用貸付通知書の貸付条件の一部変更について」と題する書面をもって国有農地等管理事務要領の一部改正がなされ、借受人が農林大臣の承認を得ないで借受けにかかる土地を転貸し又は貸付を受けた権利を譲渡してはならない等賃貸条件を変更する旨の告知があったこと、右貸付を受ける権利の譲渡承認手続は、実務上の取扱いでは普通の借地の場合におけるそれと異なり、従前の借受人から貸付を受けないことにする旨の書面に譲受人の新たな借受申込書および旧地主又はその相続人(昭和三七年法律一二六号による農地法八〇条の規定の改正による)との予約賃貸契約書を添付して所管の農業委員会に提出する方法によってなされ、右一件書類が整えば東京都知事を経由して農林大臣の承認が得られること、しかるに、原告はいまだ上記の手続を履践していないことが認められ、他にこれに反する証拠はないから、かりに原告主張のごとき錯誤があったとしても、右錯誤は賃借権の譲渡承認の手続に関するにすぎないものであって、本件売買契約の重要な内容に関するものではなく、したがってこれをもって要素の錯誤があったというべからざることはいうまでもない。
以上のとおり、本件売買契約が無効であるとの原告の主張はすべて理由がないから、原告の主位的請求はその余の点について判断するまでもなく失当である。
(予備的請求原因について)
一 予備的請求原因事実のうち、原告が昭和二九年一〇月九日、本件土地を東京都知事から借受け、昭和三一年一月、本件建物を建築したことおよび被告が本件建物を所有し、その敷地である本件土地を占有していることは、当事者間に争いがない。
二 ところで、原告は、被告が本件土地を占有し、原告の本件土地の貸付を受ける権利の行使を妨害していると主張するが、前示のごとく本件売買契約が無効でない以上、原告は、これによってすでに被告に本件土地の貸付を受ける権利をも売り渡したのであるから、原告が現になお右の権利者であることを前提とする原告の本訴予備的請求は理由がないといわなければならない。
第二反訴請求についての判断
一 反訴請求原因事実については、当事者間に争いがない。
二 よって、原告の抗弁について判断すべきところ、本件土地の貸付を受ける権利の譲渡が無効でないことは本訴の主位的請求について判断したとおりであるから、右原告の抗弁は理由がない。
第三結論
よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないので棄却し、被告の反訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉本良吉)